部分社会と司法権

司法権に関する論議として、部分社会というものを巡っての論議があります。

これは、学校や政党といった団体内部のことを指しているもので、そうした団体内部の規則や規律については、司法審査(違憲審査)権が及ばないとする、「司法の限界」というものを巡っての論議です。

しかし、この団体内部の規則や規律については違憲審査が及ばない、という考え方には、非常に問題があると言えるでしょう。

というのも、学校や政党、企業、または宗教団体などの内部規律として、極端な場合には、人権侵害となるような規律が設けられている場合もあるからで、そうした場合に、もしも司法審査(違憲審査)が及ばないということになれば、人権侵害を受けた人の救済ができない、ということになってしまうからです。

確かに、団体にはその団体としての規則や規律というものが必要となるでしょうが、それはあくまでも、法の範囲内のものでなければならず、法を逸脱したものであれば認められないものです。

従って、団体内部の規則や規律とはいっても、それはあくまでも法の範囲内のものでなければなりませんから、それから逸脱したものがないよう、司法による審査が及ぶものとなっている必要がある、と言えるのではないでしょうか。

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